ブログ名が「ライトノベルな日常」なくせして、漫画のレビューでスマン!
理由というか言い訳を述べさせてもらうと、前回の更新後の数ヶ月はブログを書いてる場合ではないぐらいに忙しかったのもあり、そこから個人的な興味で「このシーサーブログって何ヶ月記事を更新しなかったら広告が出るようになるんだろう?」というのを試したかったのもあります。
結果→「1年更新無しで結構大き目なサイズの広告が出る」ことが判明しました。
いやあSeesaaさんの制裁、なかなか厳しーさー。でも猶予が1年もあるってことは他よりも大らかですね。
どうせ下らぬ揚げ足取りのネタバレブログですし、今度もまた1年超更新無しでその後もまだ1年経ってもこのブログが復活しなかったら、私が死んでると思って下さいやし。うん、これちょっと切実な話な。
それじゃあ久しぶりのネタバレレビューはこれだ! おまえら、この記事を読んだら今すぐベートーヴェンの第九をYouTubeでも自宅にあるCDでもいいから聞け!! 特にクライマックスの合唱の部分な!! ……そして涙……しろ。
ちょっとネタバレなんだが……このベートーヴェンの『第九』は別名(いや、『第九』って有名な呼び方自体が『交響曲第9番「合唱付き」』という『第九』の正式な名称の略称なんだけれども)あまりにも第4楽章の合唱の部分が有名だからそこを取って『歓喜の歌』とも言うんだ。『歓』の字だけに何かの送り仮名を付けて訓読みで読むと何と読むかな……? というのを知っておくとこの漫画を読む時に少し泣けるし、知らない人は二度読みする知っておくとシンプルな絵柄であるこの漫画に散りばめられた伏線に気付いて読んでいる最中にも泣けるよ!
漢字に広い人は「ハァ、それが? 何を当たり前のこと言ってんだよ」と鼻で笑うかもしれないけれど、おいら的にはこの漫画を初読する人も、二度読みする人にも知って欲しいマメ知識だ!
あとはドイツ語(第九の合唱の部分でも可)に少し詳しい人なら最初の部分とクライマックスのちょっとした作者の手描きによる第九の歌詞の部分もあるから余すところなく読んで欲しいね。
よろこびのうた (イブニングコミックス) -
最果てへ、ゆこうか?
北陸のとある県にて、老夫婦の心中事件が起こった。世間の見解では、「認知症を患っている妻の介護を苦にした夫による無理心中」との見方が強かった。そしてこの事件を切っ掛けにして、世間は『老老介護問題』を周知して行くことになる。だが、この事件の舞台自体は辺鄙な田舎……どころか限界集落と呼ばれるほどの田んぼばかりの村であり、情報を持っていそうな親戚なども余所者であるマスコミたちをインタビューさせないどころか水をぶっ掛けるほどの完全シャットアウト状態だったので、すぐにブンヤたちはすぐに去って行った。そして数年後。都心の小さな出版社に勤めるまだまだ若い記者の青年がこの事件を引っ張り出して来て、『老老介護問題』の取っ掛かりになった『あの事件』をより知ろうとして例の村へとやって来るのだが……。
ここから下、ネタバレあらすじー。ただし本書自体は現在母に貸していて記憶で書いてるので、詳細な部分が違っていたりしてても目を瞑ってクレマンソー。
都内の雑誌記者の青年、近いうちに結婚を控えているが『あの事件』を今ならもっと詳しく知れるだろうと思って特集記事の一部にするために事件の舞台であった北陸へと行き、そこで警察や村民の態度が明らかにおかしいことや、変な場所にある車のブレーキ跡などに疑問を抱く。そうしているうちに頑な態度を軟化させてくれ、家に上げてもらえてようやくインタビューさせてもらえたのは心中した夫妻の義弟だった……。→認知症(昔は痴呆とも言っていました)を患っている奥さんを介護する旦那さんという年老いた二人暮らし。二人の間には子供は無く、ホームヘルパーも雇ってはいたが奥さんは認知症の症状のために他人が自宅に入ることを嫌がるため、なるべく旦那さんは自分だけで献身的に奥さんを介護しつつ、先祖代々の田んぼの手入れも軽トラに妻を乗せて来たりして常に目の届く範囲にいるようにしたり……と、夫は別段奥さんの介護を苦にも思っておらず二人は仲睦まじく暮らしていた。→本当に田んぼや畑ばかりで村人……というかお隣さんも数百メートル先といった有り様の村。そこには妻はおらずに自分の子供の養育手当を使い込んでは酒と競馬に使い込み、小学校中学年〜高学年の一人息子に満足な食事も与えず、気に入らないことがあれば暴力で黙らせる『赤星(あかぼし)』という父子家庭があった。いわゆる、虐待家庭である。狭い村であり、昔から住民の顔ぶれは減るばかりではあるが変わっていないので他の住民もその息子が虐待されているのは知っていたが「余所様の家の中までは口出し無用」といった『悪いムラ社会』の空気の中で赤星の息子は耐えつつも日々小学校に通いつつ、生きていた。→こんな辺鄙な村でも、小さな商店はあった。旦那さんはそこでいつも歩行能力をほぼ失った奥さんの介護用おむつや自分の嗜好品のタバコを買っていて、店主とも昔馴染み。梅雨の時期だったので少し離れた駐車場にセダンタイプの車の助手席に奥さんを乗せており、クーラーを点けておくためにエンジン掛けて待たせていた。そこに赤星(父)が酒を買いにやって来る。店主に「ここの酒は高い」「自分は上客なんだからもっと安くしろ」などと難癖を付けていたら、そこに村でも強面であり旦那さんの妹を娶ったのでいわゆる義弟関係にある板金屋が現れる(が、その妹本人は癌ですでに亡くなっているので実質的にはもう他人同然でもある)。ヤクザとも繋がりがあると噂されており、眼光でも腕っぷしでも敵わない板金屋が赤星(父)に対して苦言を呈しているとそそくさと退散する。すると駐車場の前の道路辺りで「あ! あの野郎の所為でツマミを買い忘れた!」と踵を返した赤星(父)は帰宅途中だった息子と鉢合わせし、その姿を見た赤星(父)は激昂して息子に「お前がいねぇからわざわざ俺が自分で酒も買いに行ったし、ツマミも買い忘れるし、あの野郎に馬鹿にされたんだ!!」と、雨がしとしとと降る公道の場で暴力を振るい出す。奥さんはそれを車の助手席から見ているけれど声は出せず、しかもその存在を赤星(父)に認識されて「そんなにじっくり見やがって、そこまで面白えんならもーっと見やがれっ! どうせ寝て明日になりゃ全部忘れるんだろうがボケババァッ!!」と、より息子への暴力を苛烈なものへと変えてゆく。奥さん、赤星(父)のその発言で自分の存在によってより酷く凄惨なものになったと認識した赤星(息子)への暴力を見ているだけの自分に耐え兼ねたのと赤星(息子)が口の動きで「たすけて」と言っているのに気付き、まともに歩けはしないがエンジンが掛かっている車の運転席へと倒れ込むようにしてハンドルを両手で握り、車を猛スピードで発進させる。
当然、赤星(父)に向かって。路上にて盛大な音が響き、商店にいた旦那さん、店主、板金屋もようやく事態に気付いて出て来ると――奥さんは運転席のエアーバッグによって無事だったが、赤星(父)は車のバンパーと山を切り拓いて作った道路のコンクリート壁に挟まれており、折れた骨が臓器に刺さっているであろうことや最初に追突されて挟まれた時のショックで即死だったろう、と目を見開いたまま動かない赤星(父)を板金屋が一見しただけで診断を下す。旦那さんは周囲のみんなに「妻は取り調べや裁判の場や刑務所なんかもこの身体では耐えられないから自分がやったことにしてくれ!」と言うがみんなは首を振る。けれどそこで板金屋がしばし考えて、「それだけの覚悟があるなら……俺が手を貸す。ここにいる俺ら全員が共犯だ。全て無かったことにしちまおう」と絞り出すように呟いた。→三人で急いで事故った車と赤星(父)の遺体を隠す。この時点で狭い村だし昔からの馴染みだし知識も豊富だし……ということで毎朝赤星(息子)が生傷をこさえながら憂鬱な顔で登校しているのを妻と一緒に「また父親にやられているのか……」と傍観していたすでに定年しているが元役所勤めの人間にも話を伝えて共犯に加える。そして実は板金屋は赤星(父)が怖がるぐらいだから当然というか、昔はかなり荒れていて自分の妻にもあまりよくしてやれずに借金をこさえたり、その妻が病気になった折にやっと夫としてなんとかしてやろうとしたがすでに病状は末期で手遅れだったのを悔やんでいた。なので旦那さんたちとの義弟関係は消滅したが、今は亡き自分の妻(旦那さんの妹)に苦労ばかり掛けてよくしてやれなかったという罪の意識もあった。亡き妻の治療費には旦那さんも援助はしてくれたがそれでも足りなかったので工面するためにヤクザと繋がってかなり危ない仕事もしていた。今では現在の自宅兼工場の立地とその腕を見込まれて銃痕などのある高級車を大型トラックなどで深夜に自分の工場に運ばれて来ては同じく運ばれて来た純正部品と交換してなるべく新品同様に直す……という、表の工場では直せない仕事を妻亡き後もずるずると請け負っていた。そこで使っていた濃硫酸に近い板金屋特製のものを、赤星(父)の遺体をドラム缶に入れて蓋も溶接して塞いだ後は小さな穴からそれを4人で代わる代わる漏斗で入れて骨まで溶かした。まるでそれが4人での犯罪の誓いの証明だとでも言うかのように。終わった後の溶けた遺体は、板金屋がヤクザが車修理の際に依頼の折に出る廃液を回収してくれるのでそれと一緒に回収してもらう、と言う。→遺体処理の後はすでに夜中になっていて、奥さんは気絶していたのを自宅ベッドに寝かせて元役人の妻に赤星(息子)共々、見てもらっていた。旦那さんが奥さんが目覚めたのを確認し、事故のことをさり気なく尋ねると「何のこと?」「何かあったの? 憶えてないわ」と言うので旦那さんたちは一安心。しかし赤星(息子)がうたた寝をしている居間でその子について「どう説明するか」「父親を殺されたことを恨んだらどうする?」「引き取り先も考えなければ……」……などと話し合っていると、寝ていると思った赤星(息子)が突如起き上がって「違います! 僕はそんな事思ってません。むしろあのおばあさんに助けてもらって感謝しているぐらいです!! だから全部黙ってます!」と涙ながらに訴えた。4人は警察、地域の役人には「父親が数日帰って来なくて保護している。昔から放蕩癖のある自堕落な男だから恐らく失踪したのだろう」と、酒瓶や競馬新聞やカップラーメンの空などのゴミばかり転がっている汚い赤星家の中まで見せて説明した。そして赤星(息子)が引き取られる先は村民全てが檀家となっている寺へ。そこは奥さんが中に飾られている『地獄絵』の屏風を見に行くのが好きな場所でもあった。この寺に引き取られる決め手となったのは、そこの住職の娘がつい先日離婚して、幼い子供(住職の孫娘)と一緒に帰郷して来たのだった。何故なら、その娘の結婚相手の夫は結婚当初は優しかったがややもするとDVをするようになり、最近になってから自分の見えないところで幼い娘(住職の孫娘)を虐待しているのが判明したから離婚して帰って来たため、住職の娘は他人事とは思えずに「何それ! ひどい、立派な虐待よ!」と赤星(父)をなじり、赤星(息子)を慰めて自宅へと喜んで迎えた。→赤星(息子)はそうして自分の幸せをようやく手に入れたような心境でいたが、ある日寺の本堂にて奥さんがいつものように旦那さんに連れて来てもらって趣味の『地獄絵』鑑賞をしている現場に出くわす。そこで奥さんが認知症の所為で事件のことは忘れているというのは『あの日の夜の寝ている振り』の時に知っていたので周囲に他に誰もいないのを確かめて、「あのぅ、おばあさんは憶えてないかもしれませんけど、ぼくは今すごく幸せに暮らせているので本当にありがとうございま……」「駄目よ、お礼なんて言っては。私があなたのお父さんを殺してしまったこと、あなたはきっといつか恨む日が来るから」と奥さんはしゃっきりとした口調で赤星(息子)の言葉を遮った。奥さんは、憶えていたのだ。だからあの事件からこれまで毎日、奥さんは認知症の症状ではなくて悪夢に魘されて夜中に目が覚めて飛び起きていた。――そして本堂の影で旦那さんも、この会話を聞いてしまっていた。→旦那さんは自分も、奥さんが自分が目を離した隙に良心の呵責に耐え兼ねて首を吊っていたり……という悪夢を見るようになって魘されるようになる。また、旦那さん自身も前々から高血圧に悩んで通院しており、ついに病院にて医師から危険域に入ったことを宣告される。覚悟した旦那さんはある日、いつものように自宅で過ごしている時、恒例となっている二人でクラシックを楽しむ時間の中、普段通りの口調で奥さんに告げた。
「お前、憶えとるんじゃろう?」
――と。
奥さんは一瞬硬直して言い訳を考える顔になるが、やはりそこは長年連れ添った夫婦。すぐに肯定した。それを見て旦那さんは更に続ける。
「すまんなぁ、遠回しに言うたり訊くのが苦手で。自分も血圧がもう大変だと医者先生に言われたんじゃ。けれどお前独り置いて行く訳にはいかん。だから――一緒に死んでくれるか?」
それはとてつもなく残酷でありながらも、そんな単語の上っ面の意味など楽々と含包するほどの愛情に満ちた、旦那さんなりの奥さんへの二度目のプロポーズのような言葉。
死んで当然のような男でも、殺人を犯してしまったことを認知症はそんなに都合良く忘れさせてはくれず。苦しむ妻のことを知っていても黙って見守るしかなかった旦那さん。けれど自分にも病死の危機が迫っているのを知って、選んだのは心中。
そこからの二人は終活≠ノ向けて準備を始める。二人とも悪夢を見ることも少なくなり、死ぬ時期や方法を決め、住職の娘さんが「正式にうちの子にならない?」と打診した赤星(息子)へと出来れば自分たちの遺産が渡るようにと遺言書を作成しておき、もう面倒を見なくても良い田んぼの種籾から作った塩むすびを食べて「美味しくて幸せ」と言ったり、心中の時期が近くなったら季節も考えてと久しぶりに少し遠出して豪勢に旦那さんの身体のことも考えて控えていた天麩羅蕎麦(つけ)を食べに行ったり……。こんな日々の中で心なしか奥さんの認知症の症状も以前より良くなって来たように旦那さんも周囲も感じているという皮肉。
最後まで「他人に迷惑を掛けないように」と考えていた二人は(主にやったのは旦那さんだけど)、共犯になってくれた3人にも死ぬ直前にそれぞれの自宅のポストに手紙を入れて別れを告げる。
旅立ちの場所は、この村の田んぼの真ん中にある先祖たちが眠る墓たちの中に聳え立つ、とっくに廃棄された昔ながらの直火式火葬場。そこまでは車で行って、旦那さんが予め用意していた薪を組み、灯油をぶちまけ、寝転んでも痛くないように毛布も敷いたけれどもそこにも早く火が回るようにちゃんと灯油を滲み込ませ……。準備が終わるまで車の中から奥さんは旦那さんを見守っていた。そして旦那さんは奥さんをそこまで手を引いてエスコート。
田舎でしかもこんな場所なので周りはしーんとしたもの。赤星(父)を轢殺したセダン車から警察にバレないようにするために「妻の車椅子を載せるために」という理由を付けて買い替えた車のエンジンは点けたままで、それを使ってなるべく自分たちの死体を早く見付けてもらうように、と旦那さんたちはいつも聞いていたベートーヴェンのCDを車のオーディオに入れて、リピート設定にして最大音量で掛けておく。
周りに響くベートーヴェン交響曲の数々。けれど火葬場の中に入って分厚い鉄のドアを閉めてしまえば、それも二人にはかすかにしか聞こえない。寝転んでみると旦那さんは「さすがに毛布に灯油を滲み込ませたのは臭いから失敗したかなあ」という軽口も叩けるほど。でもやっぱり点火の前には奥さんに「本当に睡眠薬なんかはいいのか?」と気遣うけれど、奥さんは「いいんです。苦しまずにあなたと死ねるなんて、そんな幸せなことがあったら堪りません」と言いながらお寺の『地獄絵』にある、龍が口からの炎の息で亡者を焼いているのを思い出していた。旦那さんも頷き、時刻は日付を少し過ぎた頃についにマッチで点火がなされた。季節は冬。外も中も同じぐらいに寒いので二人は身体を丸めてくっつきながら。
外では高らかに鳴り響くベートーヴェンの交響曲第九番の合唱部分、『歓喜の歌』。
→「これがお前が嗅ぎ回っていた事件の真相だ」と板金屋の家に上げられて出されたビールに仕込まれていた睡眠薬により、いつの間にか青年記者は縛られていて目の前には共犯の3人が揃っていた。そして板金屋たちは青年記者に問う。「別に今ここでお前をどうこうするつもりは無い。お前がしつこいから全部話してやっただけだ。ただ、お前が自力であの人たちのことを暴く前に俺たちが先手を取って『全部話した』ことの意味を寝転がってる今、よく考えろ。そして街に帰ってからこのことを記事にはしねえと確約しろ。もしここで口先だけで約束して記事にしたら……後でてめえやその家族がどうなるかぐらいは理解しておけよ」ほぼ脅迫のようなものだったが、青年記者は真相を聞かされてからは意外とすんなりと受け止めていた。そして無事解放されて町のホテルに戻ると、携帯には電話着信やメールだらけ。それらのほとんどがすぐ間近に結婚式を控えている自分の恋人からのものだった。『たしかに仕事で間に合わないかもとは言ってたけど、本当に今日のドレスの選びと試着の予定もすっぽかすんだから! ギリギリまで待ってもあなたと連絡が着かないから、背格好も同じぐらいなあたしの弟を連れてあなたのタキシードの選定をしたんだから! 本番で似合わなくっても我慢してよね!』という写メまで添付されたりしたお怒りの文言たちだった。青年記者は自分にも心だけでなく書類上と周囲から認定と認識されて近日中に大事な伴侶が出来ることについて改めて考え、生涯を連れ添って生き……そして共に死んだあの夫婦について思い耽り、自分の大切な婚約者へ謝罪ととりあえずご機嫌取りをするために電話を掛けるのだった。
終わり。
この話は確かに赤星一家のことで胸糞展開がありつつも、そこに至るまでの構成と限界集落や老老介護の在り方などの要素が含まれていて、最後の展開が分かっていながらも最初から旦那さんと奥さんの幸せそうな……『まさに理想の老夫婦像』を見せられているので、なんとも考えさせられる漫画でしたね。
私個人の感覚が偏っているとかおかしいと言われてもいいですが、個人的には赤星(父)がドクズなキャラクターとして描かれているのでどうしても「こいつぐらいなら殺してもいいだろ。つか、なんでみんなそんなに罪の意識感じるんだろうか?」と思って、あのシーンは周り(奥さんと赤星(息子)も)が完璧に口裏を合わせたら、奥さんだけが警察に捕まって取り調べをされていればさすがに一人殺してるけれども認知症もあるのだからギリギリ懲役回避出来るんじゃね? とか考えたりするんですが。
ですがあの『奥さんの車特攻シーン』ではかなり疑問があるんですよね……。私はさほど車に興味は無いので旦那さんが買い物の間、奥さんを乗せて待たせていたあれがセダンタイプの車(トヨタでおそらくは古いマニュアル車?)ってことぐらいしか判らないのですが、さっきまで駐車してたのに……奥さんは足こそ不自由とはいえ、シフトレバー……いついじったよ? コマ見る限り、奥さんって助手席から右に倒れる感じでハンドル両手で握って車発進させてるんですよね。ええ、両手でハンドル握って。しかも体勢は運転席の方に傾いてハンドルだけ握った感じで下半身は助手席から移動してないっぽいし。歩行機能落ちてるならアクセルどうやって踏んだよ? しかもあんな急発進して逃げる暇も無く追突して殺せるくらいの猛スピード。だから↑でも奥さんがしっかりしてて赤星(息子)が「おばあさん、助けてくれて本当にありがとうございます。でもあのクズの所為でおばあさんの手を汚させてしまってすみません。でも、あのままだったら僕が殺されるところでしたから。だから僕はなんとでも証言します。今後、僕が枕を高くして眠れるようになるためにも(←これは奥さんのための詭弁)、嘘をついてでもどうか捕まらないでくれませんか?」とか言ってれば、「奥さんウトウトしてて横に倒れたらシフトレバーに『偶然』お腹の辺りが当たってシフトがドライブモードに入り、そのまま座席とシフトに挟まってジタバタしてたら『またまた偶然』身体が運転席の方に落ちて行って『これまた偶然』手がアクセルペダルを思いっきり押しちゃったぜ! テヘペロ☆」で旦那さんが保護責任を問われて、まだ『老老介護問題』が周知&問題視されてない頃だからそこを突っ込んで争えばイケルと思うんだけどな……。しかしこの案の場合、奥さんの身体がエアーバッグでほとんど保護されてないのになんでほぼ無傷? とか警察が疑問視しそうでもありますし、奥さんの認知症の程度も問われて裁判が最高裁まで行きそうな気もするし、そこまで旦那さんが嘘を社会に貫き通すことのストレスで耐えられがそうにないのと弁護士費用が持たないのもあるでしょうし、これはこれで裁判中ずっと奥さんが悪夢で魘されて不眠になりそうなのと、旦那さんと奥さんの本来の性格がやはりこんな計画に乗るほど私のようにクズじゃないので無理でしょうね。
というか元々、定年したとはいえ辺鄙な村の中に顔見知りの役所の人間がいて毎朝赤星(息子)を見掛けては「あら見て、お父さん。あの子、また……」「……ああ。またあの父親にやられちまったみたいだな」とかお前ら呑気に会話してんじゃねえよとは思いましたね。この元・役所勤めがさっさと知り合いの伝手を使って児相のお偉いさんのところまで連絡して、赤星(息子)を保護させてれば最初っから全て解決でこんな悲劇は起こらなかったと思うんですが。赤星(息子)の児童手当も使い込んでるし、まともな食事も与えてないし暴力振るってる時点で緊急性アリだと思うのですが。赤星(父)の遺体処理した後に失踪したように見せかけるため、アリバイ作りも兼ねて公的機関の人間を家に呼んでもすんなり「(そりゃこんなゴミ溜めの家に住んでて呑兵衛で競馬にずっぽりハマってる親なら失踪してもおかしくねーわな)」みたいな感じで納得して通ってるぐらいでしたし。
「通報をしなかったのは『村社会』ゆえ、元・役所勤めはそんなコミュニティ関係を壊したくないから」という意見もあるとは思いますが……赤星(父)はそんなコミュニティ関係すらも自ら壊しに行ってますからね。ただでさえ人の数少ない集落の集会にも顔出さないわ、地元に根差した商店であっちもカツカツでやってるのに難癖付けて値切ろうとしてるし。
でもって奥さんは信心深い人だったから『地獄絵』も好きでお寺にもよく行ってたから罪悪感を人一倍抱くようになったから記憶も残って魘されるようになったんでしょうけど、やっぱりお寺で再会した赤星(息子)が言おうとしたお礼の気持ちは本音であり本心だったと思います。これまで赤星(息子)はあの村の中で大人たちは自分の家のこと、父親が暴力振るってくることを知ってるくせに自分を見て噂するだけで、商店で酒やツマミやらの買い出しに行かされる度にそこの店主も何も言わずに子供に酒を売って……で。学校の教師たちも当然見て見ぬ振りだったんでしょうね。
で、外で暴行されてて初めて目撃者がいるシチュエーションになり、それがたまたま奥さんで、もしかしなくても小学生の自分より非力な老婆かもしれないけど口は「たすけて」と頼ってしまうんですよね。家で二人だけなら加害者(父親)に「すみません」「ごめんなさい」とか謝罪の言葉を述べて耐えてれば時間の経過を待つだけで済むんですが、家などの密室でなくて家族や親族以外の他人の目があれば「助けてくれるかも」なんてほんの少しだけの期待を抱いてしまうんですよね。
奥さんは「あなたはいつかきっと、父親を殺した私のことを恨む日が来るわ」と言っていましたけど、その後のコマがすぐ旦那さんが影で聞いてて奥さんの記憶の真相を知ってしまう、この話の結末に至る決定的なシーンになっているので、構成上仕方ないのかもしれませんが、十中八九、赤星(息子)はやはり子供なので「そんなことありません!」とか反論したか、大恩のある奥さんの言葉なので押し黙っていたででしょうね。以前までの生活やあの店先での状況を考えても、赤星(息子)はあの後で自宅に帰ってから腹の虫の治まらない父親による一方的なリンチで殺されてもおかしくなかったと自分で推察していたと思うので。
そんでこの漫画は題材が実在した事件を元ネタにしていまして、後書きのページで作者が「事件のキーワード(取っ掛かり)を借りただけで、あくまで最後に至るまでの内容は自分の想像で描いただけです」と言っているのですが、この後書き漫画を読んだ後の自分の個人的な感想としては、ちょいと言い訳がましくて見苦しく感じました。
いくら作者がそこで「フィクションです。事件で着想は得たとしても中身は100%フィクションで自分の想像で描いてます」と言い張っていても、作者の勝手な創作活動でほんの十年程度前に実在した『実際にあった事件の人々≒作中のキャラクターたち(少なくとも旦那さんと奥さんは実在していた人々)』に内容的にもえぐいことをやらせてるんですよね。死体に鞭打つどころの行為じゃないというか。遺族の方々すらも「この板金屋ってあの人がモデルかな?」「旦那さんはもう身内はいないけど、奥さんのほうに親族はまだいるよねえ……こっちは生きてるけど(笑)」などと読んだら近しい人々は想像してしまうでしょうよ。だから遺族や関係者各位やご近所の人々からクレームが来て、紙のほうは絶版になったのかな、とも邪推してしまいます。
これもあってなのか今回の本自体のリンクは電子書籍版しか貼っていませんが(というか紙版はネットショップには新品の在庫がどこも無いのでこれしか貼れない)、自分は幸い紙書籍版を手に入れることが出来たのですが扱っていている事件が事件だけに紙書籍の方はおそらく初版分を発行してから反響がかなりあったものの、その内容自体の倫理観を問われたゆえに読みたい人たちの声とそのテーマを伝えたい気持ちが作者や編集にもあったから電子書籍という形で今は読者に渡っているんでしょうね。
だから紙書籍版の新品は現在なかなか手に入れることは困難です。自分もデカイ本屋巡りをした挙句、端っから「まさかここには無いだろうなー」……と思って候補から外していた近所のTSUTAYAにて見つかるという奇跡w 中古書店ならまだ売っているみたいですが、大手チェーン店ならともかく個人中古書店はやはり価値を理解っているみたいで、帯付きの物は特に結構イイお値段で売ってました(笑)。
あと自分は電子書籍屋を利用しないので知らないのですが、帯のキャッチコピーがこれまた秀逸です。そしてこれは紙版を所持している人間だけの特権(と言うと鼻に付くような言い回しになってすみませんが、電子書籍でもカバー下を載せて販売している所もあるようです)ですが、読後にカバーを外すと……なんていうかもう、怖いというより、切ないです。
自分は電子書籍サイトはたまに「ジャンプ+」の無料立ち読み漫画を読んでるぐらいで他は使ったことが無く、文庫やコミックスを購入するとどうなっているのかという勝手が分からないのですが、紙版のコミックスは購入してから本編に着手する前に毎回オマケを探す感じで(オタク思考)ちらりとめくった時に表紙の仲睦まじげな夫婦二人の姿が一瞬で「うわあぁっ! おぉぉ……」となる瞬間は、バンタム級ボクサーにすれ違いざまに顔面にパンチを喰らったような衝撃でした。
読了後にまたカバーをめくってその下を見ると今度は「うわぁぁ……。なんでだよぉぉ……なんでだよぉぉ……」と今度はヘビー級のボクサーに腹にズドンと重いのを一発喰らってもんどりうってる感したね。それほど腹……いや、胸に「クル」けどでも最初に気付いちゃってるからやっぱり見てしまう。
自分にとって『死』についての倫理観を今一度考えたり、構成は上手いけれどもそこを作者にも訊きたくなること(この時点で作者の思うつぼなんでしょうけれど)、あらゆる社会問題への提起が詰め込まれている中身……だけれども所詮それは紙の上であるのでそこについてもまた自分が考えさせられてしまう内容。
判断に困りましたが、傑作ではあるので星4つ★★★★☆。
実在の事件を参考にしたのではなくて作者がテキトーに作ったフィクションの事件であり、同じくらいにハイレベルな内容であり、そして今も世間で紙版を楽に手に入れることが出来るような代物だったならば5つ星だったんですがね……。色んな意味で惜しい! ……惜しむらくべき作品でした。